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人気セレクトシューズ特集

June 8, 2017

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人気のセレクトシューズは、有名スポーツブランドスニーカーを中心として、国内外から集めたファッショナブルなアイテムを強力ラインナップ!!


即完売のアイテムばかりですので、是非お早めにチェックしてみて下さい。

人気セレクトシューズ特集

UNION STATION


NIKE セレクト商品ラインナップ


 


今や世界中で大人気のスニーカーブランドであるNIKE【ナイキ】。


サッカー、野球、バスケットボール等の様々スポーツをサポートし、スニーカーの技術力やデザインレベルの高さが人気のブランドであるナイキ。


シグニチャーモデルや限定モデル等の幅の広さでスニーカーフリーク達を虜にしています。


 


NIKE の歴史


1964年、オレゴン大学にて陸上部のコーチを務め、自作のランニングスニーカーを制作していたビル・バウワーマン。そしてその陸上部の選手であったフィル・ナイトが共同で資金を出し合い、ブルーリボンスポーツ社を設立しました。


この会社としての主な業務は、日本のオニツカダイガー(現アシックス)のスニーカー製品の輸入販売と、その開発でした。


ブルーリボンスポーツはオニツカタイガーのスニーカーへ、新しいデザインなどを多くの技術や提案を行いました。


それらのスニーカーはアメリカで非常に高い支持を獲得し、スニーカーの人気は飛躍的に拡大してきましたが、1970年頃になるとオニツカタイガーのスニーカーの売れ行きが滞り始め、1971年にオニツカタイガーとの取引を停止し、自社ブランドをスタートさせました。


NIKE【ナイキ】という名前の由来は、ブルーリボンスポーツ社の社員の一人である、ジェフ・ジョンソンが夢で見たギリシャ神話の勝利の女神「ニーケー(nike)」からです。


そしてワッフルソールを利用したスニーカーがアメリカで大ヒットすると同時に、自社ブランド名であったナイキをそのまま社名に変更したのが始まりです。

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UNION STATION


adidas セレクト商品ラインナップ


 


世界的なスポーツカンパニーとしての地位を確立したアディダス(adidas)。数々の名作スニーカーを世に輩出し、いまや知る人の方が少ない程になった、スポーツスニーカーの補強の為に編み出された3本のバンテージはブランドの象徴になり、スリーストライプラインという名称で親しまれているスニーカーブランドの名門です。


 


adidasの歴史


1920年、ドイツのニュルンベルクにて靴職人の息子として生まれた、アドルフ・ダスラーとルドルフ・ダスラーの2人が共同で資金を出し、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立した事でスタートします。


兄のルドルフが販売を担当し、弟のアドルフは製造を担当しました。


「それぞれのスポーツにあった専用のスニーカーが必要だ」と考え、それを具現化したスニーカーはアスリート達に大変好評となり、数多くの大会で好成績を残したためブランドの名は世界へ響きました。


順調に見えたダスラー兄弟商会ですが、内部でのもめ事は激化していました、職人気質で無口なアドルフと、営業販売が中心のルドルフの間で意見が食い違い、それがキッカケで1948年にダスラー兄弟商会は分裂する事となります。


弟のアドルフ・ダスラーは自身の相性である「アディ」と名字のダスラーから、「ダス」を採ってadidas【アディダス】というスニーカーブランドを発足させます。


ちなみに兄のルドルフはルドルフの[ru]と名字の[da]を取りRUDAというブランドを、アディダスから川を挟んだ対岸でスニーカーの製造をスタートさせ、翌年にはもっとフットワークの軽い名前を、となり社名をプーマ(Puma)に変更しました。


 


 

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UNION STATION


New Balance セレクト商品ラインナップ


 


スポーツブランドやスニーカーブランドの同業他社が中国やベトナムに製造拠点を置き、外部委託をベースにビジネスマーケティングを行う中でニューバランス(New Balance)は、アメリカやヨーロッパでの製造を軸にビジネスを展開しているため販売価格が高価となっています。


しかしその卓越した技術で作られるスニーカーは素晴らしい履き心地を提供してくれる事で有名で、あのラルフ・ローレンが「雲の上を歩いている様なスニーカーだ」と絶賛した事があります。


 


 


New Balanceの歴史


マラソンの街として知られるマサチューセッツ州のボストンでニューバランス(New Balance)は誕生しました。1906年にスタートし、今ではスニーカーブランドとして工場も本社もボストンに構える一大ファクトリーです。


ところが創業した始めの50年間は、整形外科で使用される矯正靴やアーチサポートを制作するメーカーであり、そのアーチサポートをスニーカーに入れると新しいバランスが生まれるという事から名前を採って、ニューバランスという会社名でスタートしたのでした。


 

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UNION STATION


Converse セレクト商品ラインナップ


 


2003年7月からコンバース(Converse)はナイキ(NIKE)に360億円で全株式を譲渡し、ナイキ(NIKE)の100%子会社として資源やノウハウ提供を受けビジネスの拡大発展を目指しています。


コンバースは2011年にアメリカ合衆国の連邦倒産法であるチャプター11を申請し、その後企業再建のため伊藤忠商事が資本参加してコンバースジャパンが設立されたました。


改めて、新生コンバースとして再生復活を遂げ、ナイキが買収を選択したのです。株式譲渡後もコンバースは独立したマネージメントによって運営されているため、ナイキ(NIKE)からのノウハウや資源の供給は受けますが、販売や製品開発、流通等の運営とは完全に独立した形でビジネスを展開し、方針決定の能力を維持したまま経営を続けています。


 


 


Converseの歴史


1908年のアメリカ、マサチューセッツ州にてラバーカンパニーを営んでいたマーキス・M・コンバースは、地元の降雪量の多さと、湿地帯等が続く地域性に注目し、コンバースを設立しました。


そこで雨や雪の中でも作業の出来るラバーシューズを製造し、それが品質の高さから圧倒的な支持を得て、1910年には従業員350人を超える地元の有力企業へと成長して行きました。


しかし、作業用のラバーシューズは雪の多い冬場に需要が集中してしまい、夏場の低迷期の売上げに困りました。そこで通年での需要が安定する物は無いかと考えた創始者が注目したのがバスケットボールというスポーツでした。


当時YMCAで教鞭をとっていたネイスミス博士が、冬場に出来るスポーツとして考案したこのスポーツに着目し、コンバースは試行錯誤を繰り返して1917年に世界初のバスケットボール専用スニーカーを作成。


それが今でも多くの人に愛され続ける『ALLSTAR(オールスター)』なのです。驚く事に、この時完成した初期のオールスターと今のオールスターを見比べても殆どスタイルが変わりません。


それほどまでに完成された機能とフォルムのスニーカーは、すぐにバスケットボールプレイヤーから支持され、当時のスタープレイヤーであるチャールズ・H・テイラーが現役時代を通じて愛用し続けた事で有名となりました。